IT Doesn't Matter

ITにお金を使うのは、もうおやめなさい ハーバード・ビジネススクール・プレス (Harvard business school press)

ITにお金を使うのは、もうおやめなさい ハーバード・ビジネススクール・プレス (Harvard business school press)

聞き捨てならない表題の本。原著が出版されたときもかなりの反響を巻き起こしたという。「推薦の言葉」として、半分が著者への賛辞。だが残り半分が褒め言葉とは程遠いものだったという。
「危険な過ちを犯している」(『フォーチュン』誌)
「でたらめだ!」(マイクロソフトCEO、スティーブ・バルマー
「完全に間違っている」(ヒューレット・パッカードCEO、[原書出版時]カーリー・フィオリーナ
彼らのヒステリックな反応も織り込みながら本書を読んだ。正直に言って、書いてある内容は"IT Doesn't Matter"という表題も、「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」にもそぐわない。しかし、注目を集めるという目的には適っている。これらの題名をつけた著者と訳者、それに編集者の勝利といってよい。
書いてある内容は極めてまともだ。競争優位を作り出すこと、それを維持することがビジネスにおいて大切であることは、本書にも繰り返しかかれている。では、ITがその競争優位を作り出すことに貢献するのか?本書の興味はそこに尽きるわけなのだが、常々我々が感じていることが丁寧に纏められているように思う。
1) 新たなビジネスモデルの創案と、それをいち早く実行に移すことができた場合には、ITは比較競争優位を作りうる。
2) しかしそれも長くは続かない。よほどのことがない限り、それはすぐに真似をされ、ベストプラクティスあるいはソリューションという名で競合他社に伝播するからだ。
3) この動きを通して、次第にITもコモディティ化し、電気・ガス・水道にちかいユーティリティと化す。今、企業に電力担当役員や水道担当役員がいないのと同様に、いずれCIOという役職もなくなるはずだ。
4) 1)を指向してITのプロジェクトを起した場合の「成功*1」確率は極めて低い。一方、2番手以下の場合、コストの絶対額も低く、成功の確率も高くなる。
5) 従って、競争優位を目的に、ITにカネをかけるのは間違いだと説く。
終りのほうで、Windowsやベンダ固有のunixよりLinuxだ。メールとWebサーフィンしか使われていないようなクライアントPCなぞアップグレードしなくていいんだ、あるいはユーザが無駄な時間を過ごさないためにWebブラウザを剥奪するほうが会社にとっては得策だから、IEが案インストールできないWindowsではなく、ブラウザなしのLinuxをクライアントPCに入れることもある。そのほうがTCOが下る...などと、少々エキセントリックなアイディアが羅列されている。まぁ、そうでもしておかないと、この題名とのバランスがとれなくなるからなぁ。
IT導入を先行させることで得られる比較優位が長くもたないことは、同意する。またその「元凶」が、ERPなどをパッケージとして提供している我々にあることも理解している。業界の「ベストプラクティス」を第二位以下の企業にも安価に提供するのが、SAPのようなパッケージベンダーの、あり意味、ミッションだから。著者が「だから、ERPベンダーにはカネを払ってもいい。それで二番手戦略を採り、莫大な浪費をした先行企業が苦労して作った比較優位をなきものにするのだ!」とは言ってくれていたら、もっと痛快だったのに。
著者はITを、ビジネスを行う上での必要条件であって十分条件ではないという。それには私も同意する。ならば、必要条件を満たすためのIT投資は最低限必要なのでは?という質問を当然持つだろう。それに対しての回答を、筆者は示してくれない。"IT Doesn't Matter"「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」という表題をつけた以上は、この質問に答える義務があると思う。
「情報技術は、この世のすべてを変えるわけではない。しかし、多くのことが変わろうとしていることは確かだ。良い方に向う変化も、悪い方に向う変化もある。結局、私たちには、どのような変化に対しても、曇りのない目で細心の注意を払うことが求められているのである。」
えぇー、これが結びの言葉ですか?結論ですか。途中まで、わくわくするような論旨の展開をみせていただけに、拍子抜けをした。
著者の言いたかったことを、我田引水を恐れずに言う。
ITで他社との比較競争優位を生み出し、維持できると自信があるのならば、やってもいい。ただし、それらはコモディティ化の道を辿るし、二番手以降の競合他社は先行者の成功・失敗を冷静に見ている。そして先行するライバルを追走するときにはその轍を踏まないように注意し、短期間にピタリと背中につくのだ。SAPはそれら二番手以降の企業にパッケージという形でソリューションを提供する。できるだけ安価に、リスクを少なく。
ビジネスITは、コモディティ化する、あるいはユーティリティとしての道を進むことには抗しきれないだろう。これは私の率直な思いだ。
今、SOA、SAPではそれをESAと「差別化するように」表現しているが、それもこの流れのうちだ。ABAPなどで提供されているアプリケーションの機能が「サービス化」するのは、コモディティ化することと同義だ。コモディティ化するということは、利用者から見ると「代替がきく」ということだ。A社の自動車にリコールが多くて品質に不満があるならば、B社の自動車に乗り換えてしまえばいい。それと同じことだ。
我々も、他社に先駆けて「比較競争優位」を作り出し、それを維持することができなければ顧客を繋ぎとめられない。だからそれにチャレンジしなkればならないのだ。

*1:成功の定義は、プロジェクトが予定通りの期間に予算内でおさまることとしている。