小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え!
小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え! 読了
大手コンサルティングファームの主席研究員・藤野直明さんと、上級コンサルタント・梶野真弘さん共著による「本邦初の理系ビジネス小説」。
結論を先に書くと「読むべし」。必ず。
誰が?「全SAP関係者」のみならず、「ものづくりに関わるITシステム関係者」および「ものづくり企業の経営者」の必読書だといえる。
理系ビジネス小説というジャンルで「本邦初」だという。なるほど、この小説を書ける作家はいないだろう。これをモノにするには、ものづくりのハードウェア、ソフトウェア両面において、ドイツacatech、ドイツVDA、ハノーバーメッセのようなイベント、SAPのようなベンダーとも深く意見交換をして、そのうえで、実際のものづくり企業を、それも 製品企画・原価企画, R&D, 設計, 製造計画, 調達, 生産, マーケティング, 営業, デリバリーと設置, 客先でのオペレーションとメンテナンスおよびスペアパーツ, 経理, 人事、そして経営と、これらの実体験に近いまでの経験を経なければ書けないと思うのだ。その意味で、本書は藤野、梶野両氏の驚くべき労作だと評価できる。
小説に引用されるCPS*1とその実現方法、およびその効能は、地に足の着いた説明がなされる。「こうやって顧客に訴えればよいのか」という、SAPのプリセールス手法として目から鱗。内容は我々が普段プレゼンしているものと同じなのだが、訴えかける表現が違う。具体的、かつ、現場目線なのだ。これはなかなか真似できない。我々はもっと勉強が必要だ。
第8章の最後で主人公・藤堂がそれまでのストーリーを反芻する。
帰りの飛行機の中で、藤堂は 以前に河島が口にした第4次産業革命に関する謎のフレーズを思い出していた。
「その本質は、サイバー・フィジカル・システム(CPS)により製造業のサービス化を加速するための産業政策としての国際標準化活動だ」
藤堂は謎のフレーズの意味がようやく少し理解できた気がした。
「そういうことだったのか。これがグローバル・エコシステムをオープンイノベーションで競争しながら創造していくということなのか。もっと、わかりやすく言ってくれればよかったのに。(後略)」
ここなのだ。
我々が、いくらプレゼンで声を枯らそうとも、SAP目線でSAP作成のコンテンツを話している程度では、ものづくり企業のお客様に本当の理解をしていただけない。これは自戒である。
その逆のアプローチをしているのが、小説の体をとった本書なのだ。読者は藤堂という中小企業の経営者になって、自分の会社をどうすべきか、を考えることができる。その中で、いつしか第4次産業革命のフロントランナーとして得難い夢のような経験を得ることができる。
ものづくり企業の経営者の方には、ぜひ、ケイテックの藤堂社長になって、インダストリー4.0の自社導入を経験してみてはいかが?と申し上げたい。
今年のハノーバーメッセ会場で藤野さんと
2019年のハノーバーメッセは 4/1-5 という日本のビジネスマンにとっては有難くない日程で行われた。日本語ツアー説明員の一人としてSAPブースに詰めていたところに、藤野さんが見学に来てくださった。彼はある「術」を使って、ご自分の目と耳と頭を「ダブル」でフル回転させていらっしゃったのが、非常に印象に残った。とともに、本書あとがきにあるとおり「危機感の乏しい日本企業に対するはがゆさ」からくる焦燥感を隠さなかった。CPSの実現・活用という面で、ドイツの数周遅れとなっている現状を嘆いていらっしゃった。
いや、それに対して、こんな小説を上梓される「解」を用意されているとは想像つかなかった。脱帽。
日本ものづくり企業の見え方
最後に、要注意だと思った一文を引用。
もっとも、 日本の製造業は一見競争相手にみえるドイツの製造業のインダストリー・クラウドサービスを活用しないでしょうし、ドイツの製造業も日本市場は手ごわいので、あまり本格的にマーケティングは仕掛けてこ ないと思います
この文章は、真意を正しく受け止める必要がある。
今年のハノーバーメッセにて、シーメンス社の驚くべき巨大ブースは、その半分が中国におけるインダストリー4.0の取り組みで占められていた。
ドイツ製造業各社と中国はどういう関係性にあるのか。競争相手ではないのか。どうもその認識は違うようだ。中国の製造業各社、あるいはその機械類を利用する各社は、ドイツのインダストリー・クラウドサービスを積極的に使っているようだし、ドイツ側も中国という日本の10倍規模の巨大市場に対して、積極的投資を行っているようなのだ。
「日本市場は手ごわいので」本格的にマーケティングを仕掛けてこない、のではなく「面倒で」「投資対効果が見込めないので」回避されているのが実態、かもしれないではないか。すくなくとも私はそう思っている。
この小説の舞台となったケイテック社のような、全社一丸で驚くほどのスピード感を持った企業なら、ドイツ他からの投資も呼び込めると思われる。本書が「荒唐無稽」「現場を知らないから書けるんだろう」と感じられる方は、その考えを疑ったほうが良いかもしれぬ。
*1:サイバーフィジカルシステム